結那が何を貰ったら喜ぶのか、私には想像できない。
「はぁ、相変わらず自分のセンスを疑うよ」
悩んでいる時間なんて無かった。
というか選択できる時間すら無かった。
買ってきたのは、結那が買ってくれたパーカーの色違い。
「結那ってパーカー着るのかな」
買ってからそんな疑問を抱いたが、もう遅い。
ラッピングも済ませてある。
「うー……」
なんだかこれを渡すのが恥ずかしくなってきた。
ハンバーガー屋へ向かう足取りも重い。
「っ!?」
携帯のバイブに思わず驚く。
結那からの電話だ。
「うー流石に待たせすぎたか……」
少し躊躇ったが、出なかったら出なかったで文句を言われる。
私は溜め息をついて、通話ボタンを押した。
「もしもし、結那?」
『……』
向こうからはなんの反応もない。
どうやら相当怒らせてしまったらしい。
「ごめん、今戻るから」
『…った……重い……』
誰かの聞こえる。
それに、車の通る音が聞こえる。
携帯の音量を上げ、耳を澄ます。
「結那……?」
『青里町二丁目、八葉荘まで頼む』
「っ」
結那じゃない声だ。
誘拐か、いたずらか……
様々なことを一瞬で考える。
しかし、それよりも身体はもう動いていた。
通話ボタンを切り、ナビを立ち上げ住所を入れる。
結那……
なんだか凄く胸騒ぎがした。
………………
…………
……
ひたすら走る。
すれ違う人々は必死に走る姿を見て、驚いている。
「うっ、はぁはぁ」
こみ上げてくる胃液をどうにか飲み込む。
息はとっくに切れている。
額の汗を、パーカーの袖で拭う。
辿り着いた建物はアパートだった。
木造でボロボロ、周りには植物のツタが絡みついていて手入れがされていないことがわかる。
呼吸を整え、身構えてアパートを進む。
ドアに耳を当てて、結那の携帯を鳴らす。
「ここか……」
一発で引き当てられてよかった。
電源が切られてしまっては、もう探る方法はない。
ドアをあけ、一気に中に入る。
「くっ、携帯がっ、緋色っ!」
中にいたのはクラスメイトの小鳥遊日向だった。
凄い形相で睨みつけてくる。
部屋はシンプルなワンルーム、しかし元の設計は違うようだ。
壁をぶち抜いて強引にワンルームにしたような部屋だった。
特に家具など目立ったものはないが、天井から手首で吊られるような形で結那が捕まっていた。
手首を離さないように絡みついていたのは、外にある植物のツタと同じように見えた。
奥歯をぐっと噛み締める。
状況が上手く理解できないができないが、もう怒りでいっぱいだった。
「これは何?」
「復讐だよ」
「復讐?」
「大月家が僕の家族をめちゃくちゃにした」
日向はゆっくりと結那に近づく。
「だから、これはそのための復讐」
「やめろ、結那に手を出すな」
「やれやれ、君は僕の話を聞かないみたいだね」
植物のツタが床を這って迫ってくる。
「っ!?」
足首に絡みつき、思い切り引っ張られ思わず尻餅をついた。
「チャンスをやるよ、君が結那を救えるかどうかね」
「うっ」
状況が理解できない。
私には、この状況を打開できる能力がある。
異常だという能力さえ使わなければ、両親も離婚することも無かっただろう。
でも、今は結那を救いたい。
なら、覚悟さえあれば……
パーカーのポケットを探り、ジッポライターを取り出す。
「へぇ、そんなちっぽけなライターで何する気?」
「こうするんだよ」
ライターに火をつける。
久々な動作で手が震えたがどうやら一発でついてくれた。
問題はこの能力を久々に使うということだ。
「お願い。友達を救いたいんだ」
願いが通じたのか、炎は私の足のツタを焼き払うように動き、私の腕に戻ってくる。
そう、私の能力は炎を操る能力だ。
「能力者かっ!」
燃えているツタはまるで生きているかのように、苦しそうにもがくような動きをしている。
日向は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「くぅ、どうして僕の邪魔をする!」
「いいから結那を離せっ」
やはり話が噛み合わない。
ツタが次々と襲いかかってくるところを、腕を振り焼き払う。
「くそっ、こんなはずじゃないのにっ」
日向の苛立ちが、ツタの動きに現れている。
雑になったというか、直線的な攻撃になっている。
「もうやめろっ」
もう決着はついていた。
日向のツタは私に届くことはなかった。
「くぅっ、まだ負けたわけじゃないっ」
ツタが結那の方へ向かっていく。
「や、やめっ」
結那の方へ走るが間に合わない。
ツタが結那の頬を叩く。
「いったぁ……へっ?」
結那は状況を飲み込めていないのか、辺りを見渡す。
「それじゃわかりにくいね。こっちの方がいいかな」
次々とツタが結那の方へ向かう。
さっきとツタの形状が違う。
「ちょっ、これっ何っ」
結那は身を捩らせて動こうとするが拘束はとけない。
「結那っ」
結那を拘束しているツタに向かって炎を飛ばす。
「そんなのは読んでいるんだよっ」
別のツタが伸びてきて、わざと炎に当たる。
結那の拘束していたツタには届かない。
「くぅっ、やめろ、やめろっ」
いつの間にか立場が逆転していた。
結那を助けようにも、自分に向かってくるツタの処理で精一杯だ。
やっと焼き払い、結那の方へ炎を飛ばしても違うツタが庇う。
「こいつはさっきのと違うぜ」
「いやっ、いやぁぁっ」
結那の叩かれた腿や腕から血が出る。
「バラのツタだよ。どうだ?」
「くそっ!」
炎でツタを焼き払いながら一気に距離を詰める。
「かかったなっ」
日向は笑みを浮かべる。
左右からツタが伸びてくる。
「くっ」
右のツタだけ焼き払い、左は無視する。
左腕にツタが絡みつく。
イバラの棘がブチブチと肌に食い込む。
「うくぅっ……」
左足にも絡み付いてくる。
巻きつかれた箇所が焼かれるように熱い。
じわっと服の上から血がにじみ出る。
痛みで集中力が切れて、炎が消えかける。
消えかけた炎に自由のきく右手を伸ばすが空を切った。
「ああぁっ、結那っ」
せっかく助けられると思ったのに……
ツタに引きづられ、結那との距離は再び離れる。
「緋色っ、緋色っ」
結那が私を呼んでいる。
それなのに私は床に這いつくばって、ツタに引きづられるのを耐えているだけだ。
「お前はそこで見ていろ」
日向はゆっくりと結那に近づく。
「口をあけろ」
結那は嫌がり、顔を左右に振る。
「その強気な態度、嫌いじゃないよ」
日向はツタを操り、結那を締め上げる。
「いっぎぃっあぁぁっ」
痛みに顔を歪ませる結那。
日向は小瓶を取り出して、結那に何かを飲ませる。
「な、なにこれ」
結那の問いかけに、日向はニヤリと笑う。
「トリカブトだよ」
トリカブト、つまり結那に毒を飲ませたということだ。
「立てよ、解毒剤欲しいだろ」
日向は挑発するようにポケットからもう一つ瓶を取り出す。
あれが、解毒剤なのか……
結那は毒を飲まされたと宣告されたせいか、毒のせいか青ざめていた。
「くぅっ」
左腕を動かす。
イバラが食い込み、激痛が走る。
「緋色……助けて……」
結那が呼んでいる。
消え入りそうな声で、俯きながら涙声で……
呼んでいるのに、私は……
結那が膝から崩れた。
毒の影響か、出血多量か、精神的なものなのか私にはわからない。
でも、助けなきゃいけない。
そして、日向は許してはいけない。
「結那っ」
自由な右手を動かし、もう一度ライターに火を灯す。
火はさっきよりも断然大きな炎へと変化する。
ツタを焼き払い、一気に距離を詰める。
無数のツタが飛んでくるが、全て振り払う。
「やめろ、解毒剤が欲しいんじゃないのか?」
「日向ァァァッ」
「おい、止まれ、止まるんだ」
私は日向の忠告を無視して、さらに距離を詰める。
日向の顔には焦りが見える。
慌てて結那の方にツタを飛ばすが、無視をする。
私が日向に近づく方が速い。
それに結那に気を取られれば、また距離を離されてしまうかもしれない。
「うぉぉー」
人なんて殴ったことないし、更にこの能力で戦ったことすらない。
でも、身体は動いている。
炎を纏った右腕を振りかぶる。
「やめ、やめろ」
日向は両腕でガードの構えをする。
今更、止めることなどできない。
そのガードの上から思いっきり振りかぶった右腕を放つ。
「日向ァッ」
「くっ」
熱さか痛みかわからないが、日向の表情が歪む。
「もうイッパツ!」
ガードが下がったところに、もう一度拳を振りぬく。
攻撃に気づいた日向は咄嗟に体勢を立て直す。
それよりも先に私の拳の方が速かった。
「ぐぅっ」
拳は日向の鼻っ柱に当たった。
日向は鼻を押さえ、大きくよろけた。
「くそっ」
身体は自然と動いてる。
また右手を振りかぶっていた。
「調子に乗るなよ」
日向も右腕を振りあげる。
手を離した鼻から血が垂れる。
だが、私の方が速い。
「うぉぉぉぉっ」
右手が日向の左頬をとらえる。
日向の右腕は速度がダメージからか、遅くなる。
私は顔を守るように左肩で攻撃を身構える。
「ばーか……」
日向の右手が緑色に光る。
「なっ」
左肩に刺すような痛みが走った。
日向の手には尖った枝が握られていた。
「あははは、ツタだけだと思ったのかい?」
「……るさい」
「はぁ?」
「うるさい」
私は脇腹を思い切り蹴飛ばす。
「うぐっ」
日向は脇腹を押さえて、尻餅をついた。
「人を傷つけて笑うな」
尻餅をついている日向の腹にもう一度蹴飛ばす。
「ひぐっ、も、もうやめ」
私は倒れている日向に馬乗りになる。
「自分の立場が弱いとすぐそれだな」
倒れている日向の顔面に拳を振り下ろす。
怒りのせいで、集中力が切れて、いつの間にか炎は消えていた。
「はぐっ、やめっ」
「うるさい」
もう一度振り下ろす。
「も、もう」
また振り下ろす。
「やめ……」
日向の左目の眼帯がずれる。
縦に入った刃物の傷跡、目は開かれないように目蓋は縫ってあった。
思わず唖然とし、攻撃の手が止まる。
「大月家にハメられたんだ」
日向はゆっくりと語りだす。
「僕の両親は大月の会社で働いていたんだ」
日向の目は涙ぐんでいた。
「両親の技術力だけ盗んで、不要になったから会社をクビにしたんだ」
言葉の端々に苛立ちや悲しみの感情が乗っている。
「家族ぐるみで媚びてたんだよ。両親をクビにしてから結那は僕と話さなかった」
真実はわからないが、攻撃を続ける気にはならなかった。
「何より許せなかったのは、自殺した両親の葬式すら出なかったことだ」
「もうやめよう……」
今解毒剤を渡せば、結那は助かるかもしれない。
この状態を解放して、それさえ受け取れればそれでいい。
「それは大月家が殺したも同然だからだろう!」
日向の右目から涙が溢れる。
「悲しいのに、悔しいのに片目でしか泣けないんだ」
「もう、やめにしよう」
「そうだな、やめにしようか」
説得に応じてくれた。
私は立ち上がる。
「さあ、解毒剤を渡して」
「ほら、これだよ」
日向は横になったまま、ポケットから瓶を取り出し、差し出す。
「ありがとう」
「ばーか……」
涙声で弱々しく日向は強がりをいう。
「今度、三人で遊ぼうね」
私は結那の元へ向かう。
「そうだな、それができたら悪くはないね」
「へっ、地震!?」
バランスを崩しそうになるのをどうにか堪える。
立っていることすら困難な揺れに膝をつく。
「日向っ地震だ」
「ここのアパート、ツタに覆われていただろ」
木造でボロボロ、周りには”植物のツタ”が絡みついていて手入れがされていないことがわかる。
日向は能力の有利な場所で戦っていたのだ。
「もうやめよう、引き分けで手を打とう」
「日向ッ! お前っ!」
地震ではない。
この建物だけの揺れだ。
私は日向の方に向かうが揺れのせいで進めない。
「あははっ、終わりだよ。僕の勝ちだよ。お父さんお母さん」
「やめろぉぉっ」
後頭部に強い衝撃が走った。
ツタで後頭部を殴られたと気づいた。
ぼんやり視界が滲む。
解毒剤を落としてしまい、床に叩きつけられる。
激しい音を立てて割れた。
あれは、結那を救うために必要な物なのに……
零れた液体を手で掬おうとするがうまくいく筈がない。
だんだんと目蓋が重くなり、ぼやけた視界がせまくなる。
多分、気絶するってこういうことなんだろうな……
………………
…………
……