ライン

バナー

ライン

サイズが合わない

「これ、ちょっとキツいです……ごめんなさい、私太ってるから」

葵に着替え代わりのTシャツとスウェットを出したのだが……

「うっ」

どうやらTシャツがキツくて、ヘソが出てしまっている。

いや、キツい原因は明らかに胸だ。

大きい胸のせいで、生地が足りないのだ。

「あはは」

葵は手で真っ赤な顔を仰ぎながら、隅っこに座る。

「ちょっと待ってて」

風邪をひかれたら困る。

私は結那に渡せなかった誕生日プレゼントのパーカーを取り出す。

「こっちなら着れると思う」

「あ、ありがとうございます」

結那のために買った白色のうさぎのパーカー。

私はお揃いの色違い、黒色のうさぎパーカーを結那からもらった。

「よいしょっと」

葵がパーカーを着ると、ちょうど良いサイズだった。

「うさぎ好きなんですか?」

「ん、まぁ」

恥ずかしいので素直に好きと言えない。

うさぎやねこ、かわいい動物は好きだ。

「あの、どうして?」

「なにが?」

「どうして、私を家に?」

「んー、どうしてだろうな」

難しい質問だ。

「気まぐれ……かな」

例えば、結那があの場にいたら迷わず話しかけていただろう。

そして、いつも巻き込まれる。

「えっ?」

「間違いメールが届いて、それを返信するか無視するかみたいなものだ」

間違いメールが届いたこと無い私は、この例えがあっているのかわからない。

「そ、そうなんですか」

葵は首を傾げながら、考え込んでいる。

「気まぐれってそういうもんだ」

「あはは、そうですよね」

腹鳴りの音が響く。

もちろん、音の発生源は私ではない。

葵は恥ずかしそうに俯く。

「ちょっと、コンビニ行ってくる」

多分何も食べていないのだろう。

ただ家に食料はない。

「あっ、はい」

葵は笑いながら、俯いたままコクリと頷いた。

「なんか食べれないものある?」

「あっ、えっと、納豆!」

「ん、わかった」

私は手を振り、部屋を出て行く。

………………

…………

……

お風呂に入った後だというのに、再び外へ。

夏特有の生暖かい風邪が不快だ。

コンビニの袋をぶらぶら回す。

マンションの自分の部屋の入り口まで来た。

「ついでに挨拶しておくか」

葵の家の呼び鈴を押す。

念のため、葵を預っていることを伝えておこう。

「出ないか……」

電気は付いている。

居留守か、葵と勘違いされているのかもしれない。

もう一度呼び鈴を押す。

「葵ィッ、うるせーぞ」

勢い良く開いたドアと同時に、拳が飛んでくる。

「くっ」

咄嗟に拳を払いのける。

「とっ、わりぃ」

咥えタバコに、金髪の三十代ぐらい男。

これが多分、葵の父親なのだろう。

「んで、おたくどちら様?」

めんどくさそうに頭を掻きながら、タバコの煙を吹きかけてくる。

「隣に住んでる草薙です」

「へぇ、それで?」

「葵さんと普段仲良くしてて、今日は私の家に泊めようと思います」

説得するにはどうしたらいいのか。
適当な理由をでっちあげるしかない。

「あぁ、勝手にしろ」

ドアが勢い良く締められる。

不機嫌なのか、本当にどうでもいいのかよくわからない対応だった。

もしこの扱いが、葵にも行われているとしたら、家に入れてもらえないわけだ。

大人は人間だ

嫌いなのは仕方ないとして、それが露骨かどうかだ……

しかし、この場合は……

父親の方に問題がありそうだ……

…………………

…………

……

コンビニの袋を逆さまにし、メロンパンをテーブルに並べる。

「あの……」

「さあ、遠慮せずどうぞ」

私はメロンパンを頬張る。

「えっと……」

「んっ、どうした? 納豆じゃないぞ」

「あっ、はぁ……」

葵もおずおずとしながらメロンパンを食べる。

「んっ、美味しい」

「そうか」

笑顔でメロンパンを食べる葵を見て、嬉しくなる。

「今日は泊まって良いよ」

「ふぇっ?」

「親と話した。心配してると悪いと思っから……許可は得たから」

「ごめんなさい」

葵は悲しそうな顔をして、俯く。

「私、どうしたら良いのかわからなくて」

「気にするな」

「いや、そうじゃなくて、もう、本当に」

葵の言葉が、嗚咽混じりになる。

「もう友達だろ」

理由はそれだけで十分だ。

………………

…………

……

朝、蒸し暑さで起こされる。

いつからか、こんな東京は暑くなってしまったのか。

手探りでエアコンのリモコンを探すが見当たらない。

葵がいるから、ソファーで寝ていたことに気付いた。

できるなら、もう一眠りしたいところだったが……

「んっー」

諦めて起き上がる。

「あっ、緋色さん、おはようございます」

テーブルの上に置かれた更には食パン、その上にはハムエッグが乗っかっている。

「本当はトーストが良かったんですけど、今日はこれで」

「ええと」

食パンも卵もハムも家にはない。

「お、おはよう」

「顔洗ってきてください。コーヒーがいいですか?」

「いや、水で」

流されるがまま、洗面台へ行く。

葵の鼻歌が聞こえる。
機嫌が凄くよさそうだ。

冷たい水で、目が覚める。

「って、なにしてるんだ」

「一宿一飯の恩義です♪」

差し出されたタオルを受け取り、顔を拭く。

慣れたようなやりとり、違和感はなかった。

席につき、ハムエッグを頬張る。

作りたての温かい料理は久しぶりだった。

黄身は半熟で、食パンに染み渡る。

ハム自体も少し火が通っており、香ばしい。

「おいしい」

「えへへ」

葵は嬉しそうにテーブルに両肘をついて、ずっとこっちを見ている。

「緋色さんは夏休みどう過ごしてるんですか?」

「トレーニング」

食パンを水で流し込みながら、返事をする。

結那がいなくなってから、そればっかりだった。

「葵の両親は日中なにをしている?」

「ええと……お母さんは夜の仕事なので寝てると思います」

葵は頭を悩ませながら、言葉を考えているようだ。

「えと、その、多分、お父さんはパチンコかな」

「なるほどな、じゃあ日中は家に帰れ」

「へっ?」

葵は涙目でこちらを見てくる。

「また夜にくればいい」

私の場合、父は最後まで味方だった。

葵の場合、母がその存在になるべきだ。

葵の頭を優しく撫でる。

これでいいんだ。

私たちは、友達なんだから……

………………

…………

……

日中はトレーニング、これは間違っていない。

能力を使わない、トレーニングだ。

腕立て伏せ、腹筋、スクワットなどを行う。

フローリングの床には、汗が滴り落ちる。

パーカーを着込んでるせいもあってか、下に着ているTシャツは汗でぐっしょりだ。

こんなことに、何の意味があるのかわからない。

でも、今の自分はこれを日課としていた。

「ふぅ、うぐぅ」

腕が震えて上がらない。

何回腕立て伏せを行ったか数えてはいない。

限界が近い。

歯を食いしばり、どうにか腕の震えをとめる。

肘は曲がったままで、伸びそうにない。

「くぅ……」

そのまま前のめりで、突っ伏す。

フローリングの汗の水たまりに、画面から倒れる。

「緋色さんっ」

「あれ、日中は家にいろって」

駆け寄ってくる足音、声の主で葵だと判断する。

「お父さん、帰ってきちゃって……」

「そうか」

葵に肩を借りる形で起き上がる。

どうにかソファに戻り、額の汗を拭おうとするが腕は上がらなかった。

オーバーワークなのはわかっている。

でも、自問自答を繰り返してる時間が惜しくて、ただひたすら強くなるため努力したかった。

「うわ、これ全部汗ですか」

「わっ、ばかっ」

葵は取り出したハンカチで躊躇なく汗を拭こうとしてくる。

「ハンカチ汚れる」

「いいですよ、別に」

言葉だけでは止められず、汗を拭ってくる。

ハンカチからは、石鹸の甘い香りがする。

「異常ですよ、こんなになるまで腕立て伏せとか」

「異常なぐらいがちょうどいい」

「へっ?」

友人を助けたい。
目的は明確だが、手段が不透明だ。

だから、鍛えている。
どんな困難でも乗り越えられる能力、肉体がほしい。

「お前は、知らないでいい」

汗が目に入りそうになり、目蓋を閉じた。

汗を拭ってくれている手が心地よい。

疲労からか、睡魔に襲われた。

「……いろさん……ひ……さん」

葵の呼び声がやけに遠くに感じる。

「おやすみ」

………………

…………

……